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HP更新

久々にHPに手を入れてみました。
でも、だんだんHTMLのWebサイトも時代遅れの感じになってきましたね……Blog一本の方がいいんでしょうか。

同人ページや仕事ページはあっちの方が見やすいから、これはこれで悩む所です。


■Web拍手レス
シンセミアのシナリオ作業が順調に進んでらっしゃるようで何よりです。実妹好きとしては、これ以上無いくらい期待している作品ですので、全力で応援させていただきます!

ありがとうございますー!
なんだかプレッシャーが掛かります……楽しんでもらえる作品になれば良いのですが……。


近親相姦について質問です。
常識の人にとって狂人は理解できませんよね。でも、狂人は近代の合理化された社会では裁かれ(牢獄とカウンセラーに)意味づけされているものの、常識の人って狂人を理解してはいないと思うんです。

つまり私たちは近親相姦を理解することができないと思うんです。理解していても常識(の欲望の愛)が狂人の欲望(愛)を置換してしまって秘め事(隠し事、隠喩、換喩?)にしてしまっていると思うんです。
ただ、問題はそれが理性と対比され意識付けられたタブー、本能(イメージ)に変わってしまって、しなければならない人間の源、作り話(神話)になってしまうことです。
しなければならないとすると、本能から犯罪者になって本能になっていく……という堂々巡りになると思うんです。もちろん、愛は対象なくして存在しないと思いますが、
対象を見分けないといけないと思うんです。それは現実であれ、フィクションであれと、私はそう思うのです。

どう思われますか?


長いので適当に改行入れさせてもらいました。
こちらに関する回答としては「そこまで聞かれてもよく分からん」としか言いようがありません。

理由としては前提の段階で「常識の人にとって狂人は理解できませんよね」という所から始まっているように、実妹との近親ネタを一般の人からは想像の埒外、思考形態をまったく別次元のモノと定義しているからです。

自分はそこまで異世界の出来事だとは思いません。
色々と締め付けの厳しい時代、製作者としてのスタンスで「現実には無いよね」という立場を崩すわけには行きませんが、女性の近親者の下着、裸に欲情するという思春期によくあるエピソードも、少し領域を踏み出せば一線を越えてしまう物になると思っているからです。

インセスタス・タブーについては「実際に性欲の欲求に押されてムラムラしている当事者」と「冷静な大人の視点で分析をする人間」と「それら両方を理解しつつ、一線を越えた近親相姦実行者」で認識が違うからです。
このうちのどこに立場を置くかで、それぞれ近親ネタに持つイメージが異なります。

さて、ここまでは桐月という個人がリアルでもつ考えになります。
次にフィクションを書く物としての立場ですが、文章を書く人間としての最大の面白い所は、登場キャラクターをこの3つの立場のどれにでも当てはめることができる事です。

実際に実行してしまった兄妹を見る親の立場。
兄妹がその心境に至った気持ち。

これら二つは列挙すると交じり合わない物になりますが、それぞれの人物が歩んできた歴史、考え、教育を加味する事により、また違ったドラマになります。
このように物語を広げるネタを制限して自分で自分の手に枷を嵌めてしまうのはもったいないなーというのが、現在近親ネタを書いてるライターとしての考えです。

……と、このように自分語りに終始してしまいましたが、回答になったでしょうか。

近親相姦ネタとしては幾つか資料が出ています。
人文書院から出ている「インセスト幻想 人類最後のタブー(原田武 著)」は、母と息子、父と娘、きょうだい(兄妹、姉弟、いとこなど)についてそれぞれ再分化し、宗教エピソードにおける近親ネタなどにも触れています。
なかなか興味深い本でした
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